その日は珍しく雨も降らず、ほのあたたかい気温が東京を包んでいた。大きな荷物を引きながら新幹線乗り場のホームに出ると心なしか春のにおいがした。優斗くん曰く、春のにおいはふわっと香る優しいにおいで、「あったかい感じがして春だなーって思う。幸せ」らしい。日頃から優斗くんの発言や考え方、物の見方に共感を得ることって個人的にはあまりないんだけど(そこを好ましく思っている)、それでも時々は、ああ、わかるなあと言いたくなることがある。四季や自然に関わる感性や、日常生活のなんてことない事象についてはシンパシーを覚えることが多い。やわらかなにおいに包まれながら新幹線に乗り込んだ。まさに春の陽気のようなあたたかく優しいアイドルに会いに行くために、わたしは宮城へ向かった。
HiHi Jets初の、東京を飛び出して行う単独公演。横浜公演の次は関東も飛び出して宮城へ。三年ぶりに降り立った仙台駅。歩くたびにすれ違う、目的地が同じだろうと推測される人々。シャトルバス乗り場への案内看板にはHiHi Jetsと公演名の文字が印字されている。昼夜間の暇つぶしに苦労する山奥にある会場で東北らしいひやりとした風を浴びる。牛タンも食べた。はしもとさんほどじゃないけどわたしも牛タンがとても好きなので二泊三日で三回つまり毎日食べたし、帰る際には仙台銘菓を両手に抱えた。たぶんどの瞬間を切り取ってもマスクの下でずっと口角が上がっていた気がする。HiHi Jetsのための遠征ができるなんて!
いざ公演に入ったら横浜公演とはところどころ構成が変わっていて、ドラゴンフライとZENSHINが流れるアンコールでスタトロが動いていた。HiHi Jetsがアンコでスタトロに乗って、ご当地のおもしろかわいい被り物をしたメンバーもいて中間地点でトロッコの乗り換えがあって、スタンド席に向かってファンサしているなんて!
夢みたいだ、と何度も思った。夢にまで見たことが次々叶えられていく。本当に、今の彼らの勢いを見逃すわけにはいかないんだな。少し前の優斗くんの言葉をしかと胸に刻んで、今の優斗くんを全身全霊、目で追いかけた。相変わらず手をぱっぱっと動かしてできるタイプのファンサを優斗くん式の視野とスピードでぽこぽこ繰り出しているのがたまらなくかわいかった。アンコール以外でも、ステージの四隅に駆けていってはスタンド席に向けてぶんぶん振っているてのひらもまたかわいかった。挨拶待ちのバクステ、外周での着替えや移動のたびに暗がりで聖母マリアのごとく微笑みを浮かべて近辺の席にサービスしているのを見ては、すごいな、22歳のゆうぴーだな、顔がすごくかわいいな、そういえばここって宮城なのか、すごいなあ、と取り留めのないことばかりが頭に浮かんだ。ちなみにわたしからは聖母の笑み、もしくはふふっといたずらっぽく頬を高くするかわいらしい男の子にしか見えなかったけれど、見る人が見れば、自分が求められていることをじゅうにぶんに理解し薄く笑みを湛える、ちょっと小狡い男性らしさとか、そういうものもあるんだろうか。わたしはわたしが見ている優斗くんのことだけが好きだけど、他の人から見えている他の人が好きな優斗くんにもかなり興味がある。
今回のソロを横浜公演で初めて見たとき、また会場の景色とよくシンクロする曲を選んだものだなあと微笑ましくなった。セキスイはバクステ側に座席がないから、横浜とは少し変わってどの座席でも優斗くんの顔を見ることができた。煌々と輝き、それでいてふんわりとした雪のような白い光が会場を埋める中で、明るくかわいらしい冬の曲を、春のにおいのようなあたたかさ優しさを醸し出す優斗くんが高く上がったステージで歌い踊る。雪を被った土壌から草木が萌芽するかのような春の訪れだった。「過ぎてく季節を美しいと思えるこの頃」心当たりがありすぎて思わずぐっと奥歯を噛み締める。わたしは優斗くんとの思い出をおおよそ年ごとに四季で分けた心の引き出しに保管している。嫌いだった季節を優斗くんのおかげで、HiHi Jetsのおかげでちょっとだけ好きになれたこともある。おそらくもう少ししたらこの春の思い出も大切に大切に仕舞って、しばしば取り出しては愛しく思うのだろう。
上手側から下手側に向かってすーっと手で空をなぞりながら、「君がそこにいるからだと知ったのさ」とにこやかに歌う。その動作はまるで「君」はあなただと客席の一人一人に言い聞かせているようで、もしくは「君」に変身する魔法にかけているようで、また優斗くんというアイドルの持つ特性や力をまざまざと見せつけられた。それはそれは致死量のときめきだった。会場にいるたくさんの人間を、あの一瞬、ゆうぴーの「君」に変えて魅せてしまうゆうぴーがだいすきだ。少なくともわたしは、さりげない動作ひとつでゆうぴーにその身を指されるような幻を見る。優しいフィクションにその時ばかりは騙されて、「君」のひとりである何者かのわたしになれる。それができるゆうぴーは悲しいくらいに逃れられないくらいに主人公。同時に、「君」であるわたしもゆうぴーに主人公たらしめられる。そんな優斗くんが好きだ。わたしにとってのアイドルとは、髙橋優斗くんのことだ。
HiHi Jetsの「連れてって君をね」とも、めきゅわんの「君だけを連れて行こう」とも、フロントラインの「俺たちが連れてく」とも当然ながら全く違う雰囲気と表情で、でも差し出す手の力強さと優しさはおんなじに「連れて行ってみせるよ」と、にこにことWISHを歌う優斗くんは美しく在る希望の光明だった。
何回だって言うけれど、わたしはHiHi Jetsが、優斗くんが歌う『連れて行く』系のフレーズが好きだ。だってわたしは実際に連れて来られたんだ。ジャニーズジュニア、もといジャニーズという世界に。優斗くんは挨拶でもそのニュアンスの言葉を使って決意を表明することが増えた。わたしが優斗くんの挨拶でこのワードを意識するようになったのは、2018年クリエの千秋楽からだと記憶している。そしてその言葉の通り、わたしはまたしても優斗くんにまんまと連れて来られて、宮城で優斗くんを見つめていた。けれど、これは勝手にずるずると手を引っ張られ連れ回されているのではなくて、わたしが自分の意思でHiHi Jetsと髙橋優斗くんを消費しようと選択した結果の上にあるということ、言うまでもない無論の事実ではあるが、いつ何時も決して忘れてはいけないと思っている。自分の好きは自分で責任を負う。他の何にも仮託せず依存せず、自分で管理して背負いきる。終わらせる時も自分の中だけでひっそりと。これも2018年、ドリボを観劇した際に心に決めたポリシーだ。差し伸べられるふかふかの手を日々愛おしみながら連れ回されるフリをして、実は自分の足でずんずん好きなとこまで勝手に進んでる。当のワードを聞くたびに、お気持ちだけで結構ですよ、自分で抱えて走るよ、と遠慮ぶった気持ちを浮かばせる裏腹、贈られた決意の一片を抱いて深く愛おしむ。誰も置いていかないって言葉だって、本当に嬉しいんだよ。
優斗くんに連れられ向かう世界の中で、一番大切で分かりやすい部分。彼らにとっての核、本質の部分。それがHiHi Jetsがつくるコンサートだ。横浜公演の記録にも書いたが、デビュー組20曲メドレーという大胆で強気なコーナーは今回のコンサートで彼らが伝えたい主題に大きな効果を持たらすものだった。21つ目の唯一無二へと駆け上がる彼らに用意された新曲、『JET』。横浜公演が終了して間もなくライブ映像がYouTubeに上がったので、改めて字幕をつけて視聴して驚いた。JET、つまりジャニーズエンターテイメントチーム。そしてHiHi Jetsとは、はしもといのうえたかはしいがりジャニーズエンターテイメントチームさくま、なんだもんね。名は体を表すし、いがりくんの言うように、直系ともいえる彼らの体には、血には、今後も滞ることなくジャニーイズムが巡り続ける。『JET』は、それをありありと分からされる一曲だった。この曲は振り付けもラップ詞もいがりくんで、それがもはや恒例となっていることもしみじみ凄いし強みであるなと感じる。言葉遊びを純粋に楽しんでいるようないがりくんの無邪気さとHiHi Jetsらしい小憎たらしさを覗かせながら、小洒落た言い回しで信念を、魂を語る強さを含んだリリック。特別長いとは言えないあのラップパートで、これほどまでにHiHi Jetsをふんだんに詰め込んでみせてしまうのだから、いがりくんには本当に頭が上がらない。
特に個人的に刺さったのが歌い出しの「『should you』や『have to』じゃなく『I want you』で動くから期待はなくても十分」のところ。字幕を見て歌詞を認識してハッとさせられた。というのも、リリックの破壊力もさることながら、前の夏に優斗くんが言っていた「応援しなきゃではなく、応援したい! と思ってもらえるよう」という言葉が浮かんだからだ。当時この挨拶を聞いたときにこの人を応援している自分はとてもラッキーだと思った。アイドルという商品として地に足をつけている感じが伺えるこのスタンスはわたしにとってとても好ましくて、同時に彼らの自立心や覚悟を今一度感じさせられた場面でもあった。そしてなにより、わたしは応援しなきゃではなく、応援したいから優斗くんを応援している。己の選択で彼を消費している。まさに「『should you』や『have to』じゃなく『I want you』」だ。商品と消費者、アイドルとおたくとして、心持ちが綺麗に重なり合うようでどこか嬉しかったのだ。
ただ、優斗くんの『I want you』が自分以外の誰かのために発動がちなのはすこし気になっている。どうしようもなくそういうひとなんだってことは分かっていつつ、もっと自分による自分のための希求に敏感に生きてほしいな、とはひっそり願っている。
そう、『JET』といえば、23日公演と24日夜公演の違いにひどく揺さぶられた。宮城初日に見たときはわりとひーひーしていた。ジュニアコーナーもなく構成も変わり、横浜公演より体力的にきていたのかもしれない。疲れと意地の狭間でゆうぴーが揺れている。もはややけくそみたいに踊って疲労で剥がれかけるアイドルをどうにか保っていた姿がこの上なく好きで見惚れた。疲労による人間部分とそれに抗うアイドルがせめぎ合って戦ってるときのゆうぴーのヘルシーな扇状。高校生時代の虚無目への愛に近しいかもしれない。対して夜公演は、このツアーのラスト公演ということもあってか、前日とは別の意味で全てを出し切るような勢いに溢れていて、汗をかき髪を乱し曲に浸りながらも笑みをつくった顔が、恐ろしいくらいに綺麗でかわいかった。ゆうぴーの底知れない強気な笑顔は、グループ名の一部を冠したこの曲にとても合っていた。
宮城でおこなった3公演、優斗くんはすべての挨拶で言い方や文脈を変えて、自分達にはまだまだ足りないものがある、現時点ではまったく満足するに及ばないと心奥を話してくれた。優斗くん自身にも、もしかしたらこちら側にも厳しく刺さるような言葉だったけど、それでも彼の言わんとすることはとてもよくわかった。本当に素直で、誠実なアイドルだなあと思った。HiHi Jetsのために遠征して、HiHi Jetsがスタトロに乗って、夢みたいで、けど、全然まだこれだけじゃ終われないよね。少しでも早く目指す場所へ、先人と同じ土俵へ立ちたいと話す優斗くんたちには、もっともっと遠くに大きな夢がある。わたしにも同じくらい先に、優斗くんを透かして見る大きな夢がある。
アンコール前、モニターに流れた映像がとても綺麗で、この先、蜻蛉が色んな場所へ飛び立てますようにと念じた。蜻蛉の向かう先には君がいて、手を差し伸べてくれているんだろう。わたしは自分の足でそこへ向かって自分の意思でその手をとって、また連れて来られちゃったなあと思うんだ。
ツアーお疲れ様でした。はやくまた次の輝きの中で会おうね。
じゃ!